カフェ雑感vol.9

まだまだ暑い日が続いてますが、ハタと気づくと6時半にはすっかり暗くなり、夏は確実に終わりに近づいています。あれだけ盛大に鳴いていたセミの声がいつの間にかコオロギの音色に代わり、強い日差しの中にも秋らしいひそかな風を感じるようになりました。僕は肌がチリチリして汗が噴き出すような夏が好きですから、ああ、もう強い夏が終わってしまった、と毎年この時期になんともいえない喪失感とともに寂しさを感じます。これから、つるべ落としのようにどんどん日が短くなり、身体がこわばる寒くて暗い冬に向かって一挙に突きすすむのがいやでいやでしょうがありません。

さて、前回雑感を書いてからもう半年以上経ちました。学生主体の運営になって9ヶ月、以前やっていた映画祭など自主企画ものはまだ再開できていませんが、その一方日曜日に店を開けるなど、学生からの提案も実行し、その分平日とは異なるお客さんも入ってくれるようになりました。ただ、現在主体的に関わってくれている学生たちも卒業していきますから今後も継続できるか予断を許しませんが、まあ、その時はその時でまた違う展開があるでしょう。

 

今日は二つのイベントを紹介いたします。

 

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1つめは、10月から毎月アート+骨董マーケットを開催します。

 

今までも毎年春夏2回、4月と11月にアート+骨董マーケットを開いてきて、最近隣りのLilyにも拡張するようになりました。春は吉田町ストリートを使ったアート+ジャズ祭りに、秋は横浜市主催の関内外オープンに連動しています。

今年はこれらに加え、参加してくれている骨董屋さんの単独マーケットを毎月開くことを始めます。前回の骨董市のとき、そんなに身入りが期待できないのに毎回来ていただいている骨董屋さんになんとか恩返しができないか?いつも無記名的に骨董市に埋もれている彼らは、知れば知るほど、付き合えば付き合うほど個性的で魅力があります。このそれぞれ異なる個性を表現する機会を作れたら面白いのではないか?例えば、いつもはできない展覧会のようにやってもいいし、普段持ってこれないような大量なモノを運び込んでもいい、とにかくそれぞれのやり方で好きなようにカフェを使ってもらい自分を表現してもらいたい!と唐突に思い立ち、皆さんに計ったところ、それぞれに面白い、やろうよ、と二つ返事で賛同いただき実行することにしました。

いつものアート+骨董マーケットを「拡張」個人のマーケットを「独占」と銘打って1年間、毎月第二土日を基本に催します。すでにフライヤーも最終段階、今週印刷し次回の大江戸骨董市から配ってもらえるよう段取りしています。もちろんカフェホームページにも載せます。

だいたいのイベントは思いつきから始まります。うまくいくかどうかわかりませんが、やるからにはうまくいきたい、成功しなきゃ、と全力で立ち向かっています。

 

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2つ目は、中区が主催するブックフェスタへの参加です。依頼があった後、学生たちが話し合って次のイベントで参加することになりました。

 

  1. 10月15日現役大学生による建築講座
  2. 10月22日ダンボールハウスを作ろう!
  3. 11月12日中区町歩きツアー

 

これらの企画は、スタッフ主体のスタッフ会議で話し合う中から生まれました。ライブラリーカフェを起点として社会に関わる取り組み、カフェスタッフが、自主的に社会にコミットしていく意思表示ともいえます。公募してどのくらい人が集まるか全く未知数ですが、小さな一歩ながら、前に進むことができれば、面白い展開になるでしょう。

この雑感を読んだ方は、是非これらの情報をご自分のネットワークに拡散してください。興味を持った方たちがわんさかカフェに集まってくる、そんなとんでもない事態を想像すると楽しくてしょうがありません。

夢が現実になることを心から願ってやみません。

 

2016年9月12日

アーキシップライブラリー&カフェ代表

飯田善彦

 

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カフェ雑感vol.8

皆さま、寒中お見舞い申し上げます。

2016年は、とても暖かく穏やかなお正月から始まりました。

僕の小屋がある琵琶湖西岸から見える比良山系に続く山並みも人工スキー場以外全く雪がなく、これまでの1月とは全く異なる風景を呈しています。このまま寒くならないはずはないにしても、次の春夏には水不足になるのではないか、琵琶湖の水位も下がるに違いないと思わせるほどの暖かさです。自然に沿った営みとはいえ、自然そのものが変わってきてしまっていると感じる現在、この暖かさはいささか気持ちの悪い現象に映ります。

年初からイランーサウジの骨肉の争いが一挙に激化するなど、予想もつかないことが起こっています。実は12月の初めに一週間、当のイランに行っていました。日本の現代建築の展覧会がイランの中を巡回していて、タブリーズとイスファハンの二つの都市で講演を頼まれたからです。イランは紀元前ペルシャ帝国が繁栄して以来交易で栄えた国です。7世紀にイスラム化して以来イスラム文化が花開き16世紀にシーア派の王朝が成立して安定するも束の間、イギリス、ロシアを始め列強が次々と入り込みめまぐるしいほどの混乱を経て20世紀後半ホメイニの下でイランーイスラム共和国が樹立され、その後もイランーイラク戦争、核開発疑惑に伴う欧米の経済封鎖など危うい道をたどりながらもイスラムの大国として今に至っています。国土はペルシャの遺跡を初め世界遺産が目白押しで一度は行きたかった国の一つです。しかしながら、隣接するイラク、トルコ、アフガニスタンにはI.Sやらタリバンやらイスラム原理主義勢力による戦闘地域が拡がっていて、行く前はみんなに危ないんじゃないの?大丈夫?と言われながら、行ってみるとそんな心配は露ほどもなく、その話をするとイランの人たちは一様に苦笑いでした。イスラムの縛りはあるにしてもほとんど我々の世界と変わりません。建築家にもずいぶん会いましたが、海外に留学した経歴も多く全員英語が話せます。タブリーズは、アゼルバイジャンに近くマッチョでイケイケですし、イスファハンは緑多くやたらオシャレでどちらもハングリーな建築家であふれています。とにかく皆さん親切で面倒見が良く、会った人の多くが自分でワインを密造してるなど結構いい加減なたくましさも持ち合わせていて、この国結構好きかもと思わせるほど面白い1週間でした。しかしながら、サウジ他スンニー派との急激な対立がここまで表面化してくると、経済封鎖が解けてこれからバンバン行くぞ、と意気込み、2月に日本ツアーを予定していた建築家たちはいったいどうしているんだろうと心配になります。

ちょっと脱線しました、広い世界は相変わらずかくも苦難に満ちていますが、少なくとも私たちを取り巻く身近な世界はいつまでも穏やかさが続くことを願っています。

今年カフェは4年目を迎えます。これまで多くの方たちに支援され、様々な活動の場にもなってきましたが今年も変わらずできることに挑戦していきたいと思います。すでに周知したように、カフェを担当していた藤末萌が12月末に退社し、学生スタッフ共同体がより主体的に支えてくれることになりました。当初いろいろ混乱するところはあるかと思いますが、一味違う魅力的な企画も生まれるかもしれません。一昨年、昨年と続いた高宮眞介さんの連続講義もひと段落し、その分今年は静かになることでしょう。講義はとても面白く好評でしたからまた趣向を変えて再開すべく考えたいと思います。

その最初の連続講義、ヨーロッパ近代建築史を通してこれからのデザインを探る、がいよいよ115日に本にまとめられ、出版されました。出版元はなんとArchiship Library &Cafe、一度はやってみたかった出版が実現しました。去年日本の近代建築史講義と並行して高宮さん、フリックスタジオの皆さんと作業を進め、染谷さん、大川先生のご協力もいただいて年末校了しようやく出版にこぎつけました。定価2,700円+消費税です。とりあえずアマゾン主体に販売しますが順次書店にも拡げていきたいと思います。

皆さまどうぞ宣伝とご購入のほどよろしくお願いいたします。

今年一年皆さまお元気に、益々ご活躍されることを心からお祈りいたします。

2016116

飯田 善彦

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カフェにて先行発売中! 定価¥2700+消費税

案内-04

カフェ雑感 vol.7

今日は5連休最終となる秋分の日です。

暑い夏がようやく過ぎたものの、北関東に大量の雨を降らせた台風やら日本のあちこちで鳴動する火山やら、相変わらず自然の脅威に驚かされる日々が続いています。3.11以降も毎年のように多くの自然災害が頻発し、首都圏を含む東南海に新たな地震の発生可能性が確実視されている状況の中で、なんと再び原発が稼働しつつあります。
福島であれだけの深淵を見せられ、今も失われた土地を抱えるというのに、結局3年過ぎれば元のもくあみ、安価な電力の安定供給を理由に経済優先、眼に見えない資本の原理に私たちの生活は絡め取られていきます。当時あれだけ自然エネルギー、再生エネルギーが叫ばれ、それまでの政策の誤謬が指摘されながらしだいに軌道が戻っていく。

集団的自衛権を容認する安全保障関連法案についても同様です。北朝鮮、中国の脅威をテコに、70年間保守政権のなかでも曲がりなりに守ってきた、自衛権に関する平和憲法解釈を、数の論理を背景にいとも簡単に歪曲してしまったわけです。アメリカの圧力があったとしてもこれまで絶対に踏み込まなかった領域、歴史の重みに対する抵抗感があまりにもなさすぎるのではないか。政治、経済を超えて、「非戦」であるからこそバランスしていた日本に関わる多くのことがらが、布石が変わることで思いもかけない方向に動いていく。如何ともしがたい焦燥感。
どうして人々が望む小さな幸福や充足とは異なる不安定な方向に向かってしまうのか?シリアからヨーロッパに流れ込むとんでもなく多くの難民の映像を見ていると、なんでわざわざこのような理不尽を生み出す戦争世界に足を突っ込んでいかなければならないのか、なぜ非戦であることに誇りを持って世界に向かわないのか、理解に苦しみます。

国立競技場やオリンピックエンブレムの問題も構造は類似しています。東京オリンピックが決まったあの満足感と希望に満ちた瞬間からどれだけ遠くに来てしまったのか?3.11からの復興を軸に、まさに日本の叡智を世界に示す千載一遇のチャンスをむざむざ浪費し、見事に消し去ってしまった。不手際というより、先を見通す全体像を描けない、どうしても小手先の調整に向かう狡猾さばかりが目立ってしまう。今更クマケンゴとかイトートヨオと言われてもシラけるだけではないか。

 

先週無理を言ってパリに行ってきました。3年ぶりです。去年の高宮講義もあって改めてコルビュジェを含む近代をおさらい?したかったのと、3年前建設が始まっていたヌーベルのコンサートホールとゲーリーの美術館を経験したかったからです。結局4日間ブラブラ歩き回りながらエッフェル塔からルーブル、オルセー、ピカソ、ポンピドゥー、ケ・ブランリー、アラブなどの美術館、ラブルーストのサン・ジュヌヴィエーヴ図書館、ラ・ロッシュ邸、サヴォア邸、コルのスタジオなど、手当たり次第に見ながら街を感じていた次第です。16区、ラ・ロッシュに向かう途中ギマールの建築がいくつかあるのですが、たまたまプライベートゾーンに入れたり、近くにあるマレ・ステヴァンの建築群の一つ、彫刻家のスタジオに入れたり初めての体験もありました。街の店の入れ替わりも激しく、3年前椅子を買ったミッドセンチュリーの家具屋も閉店してました。

結論めいた印象から言うと、コルの近代は相当色あせてきている一方、ゲーリーとヌーベルの新作はまさしくモンスターのように現れています。素材や形態というよりも、建築のあり様そのものがモンスターとしか言いようがない。パリにはポンピドゥーセンターという先例がありますが、これとは全く違います。少なくともポンピドゥーセンターは、その構成、構造、そして何よりも建築の考え方そのものの批評性、新しい建築言語としての圧倒的ビジョンとして今も存在しています。しかしながら、これら二つの建築は都市の文脈とは切り離されてまさしく快楽的に自立している。批評性はつゆほどもなくただただ自己主張しているようにみえます。それぞれ公園の中にあることが救いでしょうか?その意味で神宮のザハは不幸だったとしか言いようがありません。

二つの建築は大人気です。パリそのものでもあるルーブルやオルセーとは対極です。パリという都市空間とも切り離された、いわばインターナショナルノマドともいえる無国籍かつ祝祭的デザインの極北がもたらす強烈な磁力がいまや求められているのでしょうか?興行し、巡回するサーカスのようです。ヌーベルのコンサートホールでマーラーの交響曲4番を聞きましたが、大きすぎる空間に音がけしかけられているような、マーラーの4番ですら持て余す過剰を感じました。この空間が新しい音楽を導くようには思えませんでした。ただ、廊下の天井に吊ってある無数の金属片が、帰りがてら開け放たれたドアからの風に風鈴のような音を立てる光景にはちょっと惹かれました。ヌーベルらしからぬ繊細な仕掛けです。ゲーリーの美術館にしてもガラスの甲冑は何だろう、なんでこんな大げさな、相変わらずホワイトキューブじゃないか、と毒づきながら最後に到達する屋上に広がる庭園には驚きます。ブローニュの森を介してパリのスカイラインが一望できる演出は劇的です。

パリは本当に戦略的な街です。中心部に近世の、それも市民革命が否定した都市構造をレガシーとして活用し、周縁部にモンスター的一発芸建築をキラ星のように散りばめる。最近デファンス地区に、H&Mのガラスギンギン、スイカの一片のような超高層オフィスビルを当局が認可した、と記事になっていましたが、世界中から人を集める術を十分に心得ています。

都市の魅力とは何なのか?建築家の役割とは何なのか?いろいろ考えされられた一週間でした。

 

2014.9.23
飯田善彦

カフェ雑感 vol.6

長かった暑い夏も過ぎ、10月になって、ようやく一息つけるさわやかな空気に変わってきました。ただ、日中の陽射しは相変わらず強く、時に早歩きをすると汗ばむほどの陽気も続いています。(今日は台風が近づき、一転してすっかり雨模様ですが。)カフェの前を往来する人の数も段々回復してきました。

先日、関内にある旧三井物産倉庫の解体情報を受けての保存要請に合わせて、カフェと2階ギャラリーを使って緊急に催された日本全国の蔵写真展の最終日に、利用者数21人という、これまでの新記録も生まれました。平日、2,3人が多い中飛び抜けた数字で、担当スタッフはさぞ大変だったと思います。展覧会自体、急に決まり、中身も地味で心配しましたが、意外とコンスタンスに来場者もあり、そのままカフェを利用されることも多く、やはり、イベントの力はあなどれません。

 

さて、今年6月に惜しまれつつ最終回を迎えた、高宮眞介連続講義の第2弾がほぼ決定しました。前回の雑感でもふれましたが、連続講義の最後、番外に取り上げた日本建築編のあとの飲み会で、明治以降の日本近代建築史を観ると、西洋の様式を直輸入し偏重する余り、それまでの日本建築の系譜は傍に追いやられ、あるいは無視されて、本来論じ継承する対象から外され、ないがしろにされてきた、この日本的なるものが、渦中で近代建築を生み出してきた建築家にどのように受け入れられ、あるいは排除されてきたのか、そのような視点で明治以降の建築家を取り上げ、時代性の中に検証したら面白いのではないか、と盛り上がりました。その後、少し本気で取り組んでみようと、高宮さんにスイッチが入った様子をみて、僕はシメシメとうれしく思っていました。

高宮さんと話すなかで、日本近代建築史であれば、元同僚である日大の大川教授に一肌脱いでいただき、一緒にすすめたい、と具体的なイメージも結ばれ、先日、当の大川教授ご本人を交え、再び居酒屋で盛り上がりつつ、基本的な講義概要メモも作られました。

すでに大まかな講義内容が大学講義レジュメとしてあった西洋近代建築史に比べ、内容の組み立てそのものを連続講義に合わせて作らなければならないことから、講義を2ヶ月に1回、全体を6~7回とし、期間は約1年。初回を12月6日(土曜日)、以降偶数月第1土曜日に決定しました。時間は18:00で変わりません。

受講者は限定30人、受講料は3~4万円、内容がコアなので若干値上げをしてハードルを上げます。学生、建築家、一般人、老若男女、関係ありません。興味ある方平等です。すでに準備に入りましたが、受講者募集は11月中旬になる予定です。各回のテーマ、取り上げる建築家もその時に発表いたします。やはり、前回同様ポスターをつくり、講義録を本にまとめたいと考えています。

 

建築家が、日本近代建築史を論じることはそうそうありません。しかも今回は、全体のガイド役に日本有数の建築史家である大川三雄教授というエキスパートがサポートされます。また、国内ということもあり、講義の合間に実際の建築をみるツアーなども企画されるかもしれません。

全体の概要が、もうまもなくカフェHPに告知されます。乞うご期待ください。

 

2014.10.5
飯田善彦