カフェ雑感 vol.1

カフェを始めて半年が過ぎ、年が変わりました。一体どうなることやら、と思いつきを実行することに対しやると決めたものの、何ら計算があるわけでもなく、とにかくやってみないとわからない、といつもの調子で始めたのでした。結論からいうと予想以上に楽しい。というよりも実に様々なことが毎日のように起こり、様々な人たちと関わることができています。

もともとガランドーの空間に長い間使ってきた本棚を壁際に並べ、トイレとキッチンを反対側にまとめ、その上を高い天井を利用して物置に使う。中央にカフェスペースをできるだけ広くとるプランを考えたわけです。どうも車庫にしていたらしい傾斜した床に対し、しょうがないので足場板を貼り、やはり随分長いこと使い込んだ大きな打ち合わせテーブルを並べただけの設えですが、通りから中がよく見えるように全面ガラスのファサードを思い切ってデザインしました。テーブルを片付けて講演や様々な催しに対応できるようにドアを防音仕様にしていますが、グレモン錠で引き寄せる構造のため、どうも入りにくい印象があるようです。道ゆく人たちは、ほぼ全員といえるほど中を覗き込むのですが、(特に手前の棚に模型が置いてある時など、ガラスに額をつけるようにジッと見ている人もいます。)入ってくる人はなかなかいません。事実、お客さんと話をすると、前から気になっていたけど、今日は思い切って入りました、という方が実に多いのです。

開店して以来、ファサードを含めたたたずまいが興味を引くのか、いくつかのメディアが取材してくれましたが、この、メディアの力はすごいな、と改めて思い知らされました。ネット新聞のヨコハマ経済新聞、横浜市のヨコハマ創造界隈News、読売新聞、東京新聞、Hanako横浜特集、OZmagazine、神奈川新聞、TV神奈川、等々それぞれの編集個性なりに紹介してくれています。

どのメディアも共通して、「なぜこんなことを始めたのか?」設計事務所がカフェを開いたことに対して誰もが不思議に思うようです。最も影響があったのが、読売新聞とHanakoでしょうか。特に読売新聞に出た直後思いもかけない反応がいくつかありました。一件は、設計事務所をやっていた弟さんが亡くなり、所蔵していた書籍類を寄贈したい。同じく、大工さんをしていたお父さんが亡くなり、大事にしていた和綴じの古い本があり、役立ててほしい、という、ほぼ同時にいただいたありがたい申し出でした。実際に贈られた本は、亡くなられた方が同年代の建築家だったため、60年代、70年代の、僕にとっても懐かしい書籍が多く、早速書棚に納めさせていただきました。二件目は、横須賀で若い音楽家を支援するNPOを立ち上げている元楽器店主の方からの電話で、カフェスペースでサロンコンサートをやりたい、横須賀ではドトールのような喫茶店を借りてやっているが、横浜でも開いていきたい、丁度こういう場所を探していた、企画をするので貸して欲しい、という話でした。元々そのようなイベントを考えていましたから二つ返事で快諾し、調整をすすめ、10月にヴァイオリンとピアノのデュオコンサートを開くことができました。テーブルを片付けて、普段使っている椅子を総動員し、なお足りない分折りたたみ椅子を補充し約30人分の座席を確保しました。リハーサルで音が響きすぎる懸念も、本番では30人の人体吸音効果もあってヴァイオリンのフォルテッシモも音が割れることなくちょうど良い塩梅でした。この催しは今後も継続する予定です。(今月27日第二回、ボサノバコンサートを開催します)。

これとは別に、友人の丸尾有香さんという若いソプラノ歌手の依頼で、マリンバとの競演をまちづくり倶楽部の忘年会を兼ねて年末に催しました。終わってから料理を頼んでパーティーをやる、新しい試みもうまくいったと思います。これら二回の演奏会で、音楽にはほぼ問題なく対応できることが実証できました。

元々自分でもカフェを使った企画を実現したいと思い、Y-GSAの藤原さん、元助手の三浦さんに加わってもらい、何をやるか打ち合わせを重ねてきましたが、第一弾として、若い映画監督の作品上映とシンポジウムを2,3ヶ月に一回の割合で開くことにしました。Archiship Library Cafe CINEMA. 略してALC CINEMA と題し、しょっぱな今月19日に瀬田なつき監督を招いての「彼方からの手紙」上映と藤原さんとの対談をやります。更に、吉田町の町内会による地元学校、横浜カモメ大学という企画で会場に使わせてほしいという要望があり、もとより地域と関わることが当初の目論見の一つでしたから、願ってもないことで、地域連携が意外と早く実現するかもしれません。

4月から日替わりで手伝ってくれていた学生も10月に二代目にバトンタッチしました。皆最初一様に不安がる抹茶もどうにかボロも出さず好評です。いい機会なのでお茶の歴史、茶室の歴史などを学ぼうと思い立ち、講師の先生に来てもらいひと月に一度ですが勉強会も始めました。

今改めて実感するのは、設計事務所は意外と地域に開きやすい、というより、元々オフィスというより、住に関する相談事に対応する拠点、なのではないか、例えば町医者のように困った人が気軽に入れることが本来の姿なのではないか、ということです。特にどの設計事務所にも本やカタログがあり、模型があり、そのことだけでも世間の興味が向けられやすい素地があります。僕がやっているのも、打ち合わせ室を開放しているだけであって、やはり元々客があればコーヒーも出していた訳なのでさほど大仰なことではありません。建築の書籍だけではなく、住宅やビルを立てたい人が参考にするように建材などのカタログも置いてあり時々そんな相談もされますが、本当に驚いたのは、住宅の設計を頼む方が現れたことです。これだけは当初の目論見になく、見も知らぬ建築事務所に大金を委ねる人がいることが想像できなかったのです。如何に建築家とのチャンネルを探している方が多いかの証左でもあるでしょう。この例だけをみても、設計事務所を地域に開放することのメリットを感じ取っていただけると思います。

これからカフェを拠点に、更にいろいろ地域に関わることを試していきたいと考えています。3.11以降漠然と思い、何となく試行してきたことが、様々な人々の働き掛けによって実体化され、ようやく自分の中で身体化された経験として方向が定まり、現実的になってきたことを実感している、といったところでしょうか。

2013.01.18
飯田善彦

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